蓄電池診断の現状とBMSが抱える課題
EVの普及を遅らせる要因になりかねない
電気自動車(EV)の性能を大きく左右する蓄電池。そのエネルギー残量や劣化状態を把握するBMS技術は、大きく二つの課題を抱えている。蓄電池の各種データを自動車メーカーが囲い込んでいることと、精度が不十分なこと。EVの普及を遅らせる要因になりかねない重大な問題である。
いま、中古車販売業者が、電気自動車(EV)の扱いでとても困っているという(図1)。車両価格の4〜5割を蓄電池(バッテリー)が占めているにもかかわらず、その状態を正確に把握できないためだ。蓄電池の劣化状況は、走行距離ではわからない。使用状況や充電の仕方などによって、たとえ走行距離は短くとも蓄電池の残存価値は大きく低下している、といったことも十分にあり得る。その可能性があるから、EV中古車は高くは買えない。高く販売もできないから儲からない。EV中古車を売りたいユーザーからしても迷惑な話だ。不当に低い価格でしか売れないわけだから。
図1 急拡大するEV中古車の販売台数
今後、日本国内におけるEV中古車の販売台数は急激に増加するだろう。 このため、EVに搭載した蓄電池の性能を高い精度で把握する技術をいち早く確立しなければ、EV中古車ユーザーと中古車販売業者の双方が不利益を被ってしまうことになる。EV中古車の販売台数はオートインサイトの予測(一部推定)。
単に売る人買う人だけの問題ではない。こうした状況が日本におけるEVの普及を遅らせる一大要因ともなりかねないのだ。
手段がないわけではない。EV搭載蓄電池の状態を評価する技術は、現時点でも複数存在する。その代表的なものが「BMS(バッテリー・マネジメント・システム)」と呼ばれる技術である。BMSは、蓄電池の充電時と放電時の電圧、電流、温度を測定して、それらのデータを各自動車メーカー独自の演算方法で処理してエネルギー残量(SOC:State of Charge)や劣化状態(SOH:State of Health)を求めるというものだ。EVに搭載されている蓄電池のエネルギー残量計の数値は、このBMSで求めた結果を表示している。
EVユーザーの多くは、ただ走行する限りにおいては、このエネルギー残量計に表示される数値に大きな不満を抱いていないかもしれない。だが、冒頭の例を含めさまざまな利用局面を考えたとき、BMSには大きな課題がある。
それは大きく二つ。一つは、蓄電池に関する各種の測定データは自動車メーカーが囲い込んでおり、外部に広く提供していないことである。このため中古車販売業者は、ユーザーが持ち込んだEVの蓄電池の状態を評価する際に、このBMSの測定データや演算結果を利用することができないのだ。整備工場などでも事情はほぼ変わらない。
もう一つは、精度に関する課題を抱えていることである。前述のように、蓄電池の「現状」でのSOCやSOHは比較的高い精度で求めることができる。ただ良好な結果が得られたとしても、そのことが蓄電池の内部が劣化していないことを示すわけではない。人間でいえば、「自覚症状がない」という状況が分かるだけ。近い将来、急速な状態悪化、最悪の結果としての発火や発煙を引き起こす可能性は否定できないのである。
この精度に関する問題は、EVに搭載した蓄電池に限ったことではない。携帯機器から大型の蓄電システムまで、あらゆる蓄電池の信頼性、安全性にかかわる重大な問題といえるだろう。
矩形波インピーダンス法とは何か?
低コスト/短時間で突発的な不良を予知可能
早稲田大学逢坂研究室で生まれた蓄電池の非破壊診断技術「矩形波インピーダンス法」。EC SENSINGでは、この技術を基に先進的なバッテリー・マネジメント・サービスを構築中だ。このサービスを使えば、蓄電池の劣化診断/予測を極めて高い精度で、しかも非破壊で実行できる。
電気自動車(EV)や大容量蓄電システムなどに欠かせない蓄電池。この蓄電池が抱える課題の解決に向けてEC SENSINGでは、独自の診断技術を開発し、それを利用した新しいバッテリー・マネジメント・サービスの構築を進めている。
独自の診断技術は、早稲田大学の逢坂哲彌研究室が1982年に、世界に先駆けて発表した「交流インピーダンス法」をベースとする。同研究室では、この技術について継続的に研究開発を続け、2010年代に入って「矩形波インピーダンス法」を完成させた。
この矩形波インピーダンス法の最大の特徴は、高価な付帯設備を取り付けることなく、蓄電池を構成する各部位、例えば正極や負極、セパレータ、電解液などの劣化状態や異常を非破壊で把握できる点にある。もちろん、これまでも蓄電池をバラバラに分解して部位ごとに精密分析すれば、劣化状態を把握できた。しかし、バラバラにした蓄電池はもう二度と使えない。だがこの矩形波インピーダンス法を使えば、EVの電力源として使用しながら、劣化状態を正確に把握できるのである。あたかも人間ドックのように、蓄電池の健康状態が診断できるようになるわけだ(図2)。
図2 交流インピーダンス法による蓄電池診断
交流インピーダンス法を使えば、蓄電池セル内部の電極や電解液、セパレータなどの劣化状態を詳細に把握できる。既存のバッテリ・マネジメント・システム(BMS)技術よりも、蓄電池セル内部に関する詳細なデータを検知できる。この既存技術と今回の新技術は、人間の健康診断に使う体組成計と体重計の関係に近い(a)。体重計は体重しか測定できないが、体組成計を使えば体脂肪率や内臓脂肪量、筋肉量、水分量、骨量などを瞬時に測定できる。蓄電池診断に使う既存技術(BMS)は体重計に相当し、今回の新技術は体組成計という関係になる(b)。
ではどのようにして、各部位の劣化状態を非破壊で測定するのか。矩形波インピーダンス法ではまず、蓄電池に矩形波信号(パルス状の信号)を入力する。すると、その矩形波信号が蓄電池内部をくまなく通過して戻ってくる。この信号を受信し、フーリエ変換によって信号を解析する(図3)。蓄電池内部の各部位の劣化状態によって戻ってくる矩形波信号の周波数特性、すなわちインピーダンスの周波数特性が変化するため、フーリエ変換を実行すればどの部位がどの程度劣化しているか、何か異常が発生していないかが分かるという仕組みだ(図4)。
図3 矩形波インピーダンス法の測定原理
矩形波インピーダンス法では、矩形波状の信号を蓄電池セルに入力する。その後、返ってきた信号を検出し、フーリエ変換を実行することで周波数応答特性を得る。一つの矩形波信号を入力するだけで、広い範囲の周波数応答特性が得られる点が特徴だ。一方で、一般的なインピーダンス法では、正弦波状の信号を入力していた。このため、広い範囲の周波数応答特性を得るには、周波数を掃引しながら、複数の正弦波信号を蓄電池セルに入力して測定する必要がある。
図4 蓄電池セルを構成する各部位の劣化を特定
リチウムイオン電池(LIB)の物理モデルから等価回路を求める。これに、図2で測定したインピーダンスの周波数応答特性を当てはめる。蓄電池セルを構成する部位ごとに周波数応答特性が異なる。従って、周波数応答特性を見れば、どの部位が劣化しているかどうかが分かる。
この矩形波インピーダンス法を利用すれば、蓄電池の劣化診断の精度を大幅に高めることができる。例えば、BMSを使った場合は前述の通り、エネルギー容量の減少が充放電の繰り返しによる一般的な劣化なのか、短絡などによる異常な劣化なのかを判断できなかった。しかし、矩形波インピーダンス法であれば、これを区別することができる(図5)。蓄電池の電気的特性が急激に低下するといった異常が発生する前に、その異常な劣化を予測できる点も大きな利点だ。「EV中古車を購入したら、いくらも乗らないのに蓄電池が急に劣化した」といった事態に対応できるのはもちろん、発火や発煙といった事故を未然に防ぐためにも重要なポイントといえるだろう。先に例として挙げた人間ドックは、血液検査や内視鏡、X線などの検査によってまったく自覚症状がない段階で、これから顕在化しそうな問題を早期に発見することを目的とする。同様に矩形波インピーダンス法を利用すれば、蓄電池の電気的特性に異常が発生する前に、突発的な不良を低コストかつ短時間測定で予知でき、これからこの蓄電池がどう劣化していくかを予測することができるのである。
図5 一般的な劣化と異常な劣化を判別可能
正常範囲内(規格内)で充放電サイクルを行った蓄電池セルと、強制的に過充電させた蓄電池セルを比較した。上図は、既存技術で測定した充放電サイクルと蓄電池容量の関係である。約100サイクルまでは、二つの蓄電池セルの間に大きな違いはない。しかし150サイクル程度から、両者の違いが顕著になる。一方で下図は、交流インピーダンス法で測定した結果である。100サイクルの時点で、インピーダンスの周波数応答特性にはすでに違いが見られる。すなわち、100サイクルの時点で、将来訪れる容量急減を予測できることになる。
蓄電池であれば、どのような種類のものでも適用できるというのも、矩形波インピーダンス法の大きな特徴である。現在EV向けとして主流になっている3元系正極材料(NMCやNCA)を使ったリチウムイオン電池やリン酸鉄リチウム(LFP)を使ったリチウイオン電池、負極にチタン酸リチウムを使ったリチウムイオン電池(SCiB)はもちろんのこと、鉛蓄電池やニッケル水素電池、ニッカド電池、燃料電池、レドックスフロー電池などの劣化診断/予測に使える。さらに現在、世界中で全固体リチウムイオン電池や半固体リチウムイオン電池、ナトリウムイオン電池といった新型蓄電池の研究開発が進められているが、これらが実用化されても、矩形波インピーダンス法を適用することができ、問題なく劣化診断/予測を行える。
各種アプリケーションへの適用事例
市販のEVで劣化診断/予測の有効性を確認
矩形波インピーダンス法は、すでに実用化段階にある。EC SENSINGでは、市販の電気自動車や大型蓄電システムに搭載した蓄電池モジュールを対象に、そのインピーダンス周波数特性を実際に測定した。この結果、蓄電池の劣化診断/予測に有効であることを確認済みだ。
EC SENSINGではすでに、開発した矩形波インピーダンス法をEVや大型蓄電システムに適用し、その有効性を確認している。
例えばEVについては、三菱自動車の「i-MiEV(アイ・ミーブ)」を使って実証実験を行った実績がある。このEVに搭載されている蓄電池は東芝のリチウムイオン電池「SCiB」である。実証実験ではi-MiEVに特別な改良を加えることなく、CHAdeMO(チャデモ)規格に準拠した急速充電用コネクタから測定用信号を入力した。測定の対象は、蓄電池セル(1個の蓄電池)ではなく、複数の蓄電池セルを組み合わせた車載蓄電池モジュールである。測定用信号はこの蓄電池電池モジュールに入力する。その後、内部を通って戻ってきた応答信号(電圧値)を検出し、フーリエ変換を使ってインピーダンス周波数応答特性を求める。こうすることで、車載蓄電池モジュールの劣化状態を把握できることを確認した(図6)。
図6 EVの蓄電池を測定した例
三菱自動車の電気自動車「i-MiEV(アイミーブ)」の中古車を測定した例である。蓄電池は、東芝のリチウムイオン電池「SCiB」を搭載する。充電率(SOC)の大きさによって、インピーダンスの周波数応答特性が変化することが分かる。
蓄電池電池モジュールの充電率(SOC)を35%から45%、60%、75%へと少しずつ変化させながら、インピーダンス周波数応答特性を算出した。その結果、SOCが変われば、インピーダンス周波数応答特性が変化することが分かった。つまり、インピーダンス周波数応答特性と車載蓄電池モジュールのSOCとは深い関係があるため、現状では充電率を把握した上で測定しなければならない。
大型蓄電システムでも、同様の実証実験を行って有効性を確認している。実験では、早稲田大学のスマートエナジーシステム・イノベーションセンター(120号館)に設置されている大型蓄電システムを使った。このシステムにも東芝のSCiBを採用しており、システム全体の容量は11kWhと大きい。内部を細かく見ると、容量が1.1kWhのモジュールを10個並列に接続した構成になっている。
図7は、大型蓄電システムのインピーダンス周波数特性を測定した結果である。二つのケースで測定した。一つは、10個のモジュールともに容量劣化がないケース、もう一つは10個のモジュールのうち1個を容量が10%劣化したモジュールに入れ替えたケースである。測定結果を見ると、劣化したモジュールの有無でインピーダンス周波数特性が大きく変化していた。10個のうち1個のモジュールの容量が10%少ないだけで、大きな違いが出る。このことから、EVだけでなく大型蓄電システムの劣化診断にも有効だということが分かる。
図7 蓄電システムの蓄電池を測定した例
1.1kWhの蓄電池モジュールを10個並列に接続した11kWhの蓄電システムを測定した例である。電池は東芝のリチウムイオン電池「SCiB」。10個とも劣化なしのモジュールを接続した場合と、1個だけ劣化モジュールを混ぜた場合で比較した。その結果、劣化モジュールが有る場合と無い場合で、インピーダンスの周波数応答特性が大きく変化することが分かった。
一般ユーザーにも分かりやすい診断結果
A、B、C、Dの4段階評価なども可能
矩形波インピーダンス法で得られる「生の」測定データから蓄電池の劣化状態を読み取るには、高い専門性が必要だ。そこでEC SENSINGでは、分かりやすく劣化診断/予測の結果を伝える蓄電池診断報告書を用意する。人間ドックの結果報告書のように、例えば総合評価をA~Dの4段階で評価する方法だ。
矩形波インピーダンス法では前述の通り、蓄電池から戻ってきた応答信号をフーリエ変換してインピーダンス周波数特性を求める。その後、このグラフと蓄電池内部の等価回路を組み合わせて蓄電池の劣化状態を判断する。劣化状態の分析や判断は、非常に高い技術的な専門性に基づく。このため、EVや大型蓄電システムなどのユーザーが、「生の」測定データから蓄電池の劣化状態を読み取るのは容易ではない。
そこでEC SENSINGでは、一般ユーザーに分かりやすいかたちで劣化診断/予測の結果を伝える蓄電池診断報告書を用意している(図8)。人間ドックや健康診断を受けた際に手元に届く結果報告書に近いものである。例えば蓄電池の劣化状態を総合評価の欄でA(良好)、B(正常)、C(要継続検査)、D(要交換)の4段階で評価する。ユーザーは、これを見るだけで蓄電池の劣化状態を簡単に把握できる。A(良好)やB(正常)と判定されれば、そのまま使い続けられる。しかし、D(要交換)と評価されたならば、早急に交換する必要があるというわけだ。すぐに交換すれば、交換コストはかかるものの、EVや大型蓄電システムの性能低下を防止できるし、発火や発煙に至る事故を未然に防ぐこともできる。
図8 蓄電池診断報告書
蓄電池の診断結果をユーザーに知らせる報告書の一例。人間が定期健 康診断や人間ドックを受けたあとに手元に届く結果報告書に近く、とても分かりやすい 。
蓄電池診断報告書には、このほかにも測定データや評価データを記載することが可能だ。例えば、SOHやSOC、電池電圧といった基本データに加えて、過去の劣化評価と将来の劣化予測をプロットしたグラフや、正極や負極、電解液といった各部位の劣化状態をA~Dの4段階で評価した結果などである。
矩形波インピーダンス法を競合手法と比較
低コスト/短時間で寿命予測と突発不良予知を
蓄電池の劣化状態を診断する技術は大きく分けて4種類ある。その中で、矩形波インピーダンス法を含む交流インピーダンス法の最大の特徴は、寿命予測と突発不良予知を実行できる点にある。しかも矩形波を使うため、測定時間を短縮でき、測定システムのコストも下げられる。
現在、蓄電池の劣化状態を診断する技術は、矩形波インピーダンス法のほかにも世界中で研究開発が進められている。そうした技術は大きく四つに分類できる。すなわち、「充放電試験法」「内部抵抗測定法」「過渡応答法」「交流インピーダンス法」である(図9)。矩形波インピーダンス法は、交流インピーダンス法に含まれる。この4種類の技術には、それぞれメリットとデメリットが存在する。以下で、その4種類の技術が抱えるメリットとデメリットを説明したい。
図9 蓄電池評価/測定方法の比較
現在、世界中で開発が進められている四つの評価/測定方式を比較した。交流インピーダンス方式は、現在の特性の評価/測定に優れている上に、寿命予測や突発不良予知といった未来を予測できるというメリットがある。
充放電試験法は、試験対象となる蓄電池を実際に充電/放電することで蓄電池の持つ残存容量(どのくらいの容量が残っているのか)を診断する手法である。この残存容量に加えて、実際に充電した電力と放電した電力の測定値を含めてSOCを算出する。このため精度が高い点がメリットである。しかし、測定精度を高めるには低いCレートでの充放電が必須であるため迅速性に欠ける。さらに、蓄電池を構成する各部位の状態把握は得意ではない。このため寿命予測と突発不良予知が実現できないという点がデメリットになる。
内部抵抗測定法は、蓄電池に対する充放電などによって蓄電池内部のインピーダンス(抵抗)を測定する方法である。メリットは、内部インピーダンスを測定するため、残存容量に加えて電池出力(パワー)の劣化を比較的高い精度で把握できる点にある。デメリットは、前述の充放電試験法と同じで、蓄電池を構成する各部位の状態把握は得意ではないため、寿命予測と突発不良予知は実施できないことである。
「過渡応答法」は、蓄電池に充電する際にリップル電圧を強制的に送り込み、それによるインピーダンス応答(IRドロップ)を測定する方法である。「DCIR法」とも呼ばれる。メリットは、内部インピーダンスを高精度で測定できる点にある。このため、蓄電池出力に関する劣化を高精度で把握することが可能だ。しかし、充放電試験法と内部抵抗測定法と同様に、蓄電池を構成する各部位の状態把握は得意ではない。このため、寿命予測と突発不良予知は実施できないことがデメリットになる。
「交流インピーダンス法」は、蓄電池に信号を入力し、その応答からSOH(劣化状態)を求める方法である。具体的には、応答信号を測定してインピーダンスの周波数特性を求め、蓄電池内部の等価回路に当てはめて各回路素子(各部位)のパラメータを算出する。この結果からSOHを求める。メリットは、各部位の劣化状態を把握できるため、寿命予測と突発不良予知が可能なことだ。デメリットはあまりない。強いて挙げるとすれば、充放電試験法に比べると、SOCの測定精度が若干劣ることだろう。
さらに、交流インピーダンス法は、蓄電池に入力する信号の形状によって二つの方式に分けられる。正弦波信号を入力する方式と矩形波信号を入力する方式である。EC SENSINGの矩形波インピーダンス法は後者に含まれる。 この二つの方式を比較すると、矩形波信号を使う方式の方が測定時間を約1/10に短縮できるというメリットがある。正弦波信号を使う方式は、比較的広い周波数範囲の正弦波信号を、周波数を少しずつ変えながら(周波数を掃引しながら)蓄電池に入力する必要があるからだ。一方、矩形波信号には、広い周波数帯域の正弦波信号が含まれているため、一つの矩形波信号を入力するだけで測定が終了する。もちろん測定後に、フーリエ変換を実行して周波数特性を解析しなければならないが、一般的なパソコンでも短時間で実行できる。また矩形波信号は形状が単純なためBMSに内蔵されている電源制御回路(パワー・コントローラ)を有効活用して作り出せる。正弦波信号とは異なり、高価な周波数応答アナライザ(FRA:Frequency Response Analyzer)を付帯する必要がないことも大きなメリットである。
AIを利用した蓄電池診断アルゴリズムを開発
少ない測定データで診断を高精度化
矩形波インピーダンス法には、診断する蓄電池と同一品種の経時劣化データが数多く必要になるという課題がある。このため新しい種類の蓄電池については、データが集まるまでサービスを提供できない。この問題を解決すべくEC SENSINGは、AI利用の診断アルゴリズムを開発中だ。
矩形波インピーダンス法では、蓄電池の劣化状態を診断するには、その蓄電池と同一品種の、劣化に関する経時測定データを標準データとして事前に入手しておく必要がある。しかも診断の精度は、測定データ量と密接な関係がある。つまり、蓄積した測定データが多ければ多いほど、診断の精度を高められる。
このことは、大きなデメリットになり得る。例えば、新しい種類の蓄電池を搭載した新型の電気自動車が登場した場合、標準データを取得するまでは、蓄電池診断サービスが提供できないからである。
この問題を解決すべく、EC SENSINGではAI(人工知能)を利用した蓄電池診断アルゴリズムを開発中である(図10)。未知の蓄電池であっても、測定データのパターンからAIによって類似モデルを導き出し、評価を可能にしようとするものだ。この蓄電池診断アルゴリズムが完成すれば、事前に取得した同一種蓄電池の経時劣化に関する標準データがなくても、実用上問題ないレベルの精度で蓄電池診断サービスを提供できるようになるだろう。
図10 AIを利用した蓄電池診断アルゴリズム
現在、EC SENSINGはAI(人工知能)を利用して蓄電池の劣化状態を診断するアルゴリズムの開発に取り組んでいる。矩形波インピーダンス法で取得した蓄電池情報を機械学習モデルで処理し、劣化状態を把握することで診断を実行する。
AIを利用した蓄電池診断アルゴリズムの「測定データの蓄積量が増えれば増えるほど診断精度が上がる」という特性を生かした、さらなるアプリケーションも模索中だ。このアルゴリズムと十分な量の測定データがあれば、蓄電池メーカーの製造ロットの違い、細かな仕様変更、材料調達先の変更、蓄電池の製造拠点の違いなどによる、わずかな特性差を判別できるようになるだろう。これが完成すれば、蓄電池製造における品質管理、検査、さらには蓄電池ユーザー側の受け入れ検査などに、この技術が大いに役立つことになると考えている。
今後、EC SENSINGでは、AIを利用した蓄電池診断アルゴリズムのさらなる改良に取り組む予定だ。先に述べたように、現状は二つの目標がある、一つは、標準データがなくても一定の精度で診断を可能にすること、もう一つは、膨大な測定データが得られることを前提に、極めて高い精度の診断を可能にすることである。